アマツツミ 最終話(ほたるルート)

アマツツミ、ラストの第四章は、メインヒロインなエキセントリック後輩ちゃん、水無月ほたるを攻略。

CVは、小倉結衣。
マイナー声優じゃないはずなのに、ほとんどお世話になったことがなかった。
声質はキライじゃない。演技はすばらしい。
ほたるんの表と裏をよく演じ分けてくれましたね!

そんなほたるんルートは、もちろん「言霊が効かない」彼女の、「一週間しか記憶が持たない」という問題についてのお話。

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「水無月ほたる」は不治の病に侵されていた。
病魔に蝕まれていくうちに、彼女は言霊のような「力」に目覚める。
その結果、「ほたるのコピー」が生み出され、「オリジナルのほたる」の代わりに生活するようになった。
それが私たちがほたるだと思っていた存在だった。

オリジナルのほたるはコピーを羨み、妬み、憎み――だから、一週間ごとにコピーをリスポーンさせることにした。
だから、ほたるはコピーに言った――これ以上死にたくなかったら、私を救う方法を探すのよ。
そして、主人公にはこう言うのだ。

「ああ、王子様、魔法は12時の鐘の音とともに解けてしまうのよ」
「急いで! 急いで!」
「わたしが死ねば、あなたが知るほたるも消えるのよ」
「"わたし"が"水無月ほたる"なんだから」

「急ぎなさいよ! とっととわたしを救え!」


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1周目(ノーマルエンド)の主人公は、ほたるのコピーに自分の魂を吹き込み、"君が本物の水無月ほたるだ"と言霊をかけた上で、オリジナルのほたるを騙し、コピーと真偽を入れ替えて「水無月ほたる」を救っていた。
主人公とオリジナルが死に、コピーだけが「水無月ほたる」として生き残ることとなる。

2周目(トゥルーエンド)では、オリジナルのほたるが「恋をする気持ち」を知ったために、自ら魂を譲り、コピーを生かそうとする。
けれど、主人公はその「2つから1つを選ぶ」一周目と同じやり方を認めず、「2つを1つにする」ことを決意する。
すなわち、オリジナルもコピーも、どちらも水無月ほたるであり、分かたれていた二人が一人に戻るのだ。

これらのシナリオで主にスポットが当たるのは、「みんなを幸せにしてください」というほたるとの約束を、どう成就させるか――という点。
そして、その大団円へと諦めずに「生きて」「行く」というポジティブさこそが素晴らしいのだ、と説く。
だから、ノーマルエンドで失敗したそれを挽回するように、トゥルーエンドが解放される。

「人間は"失敗"をなによりも怖がるから」
「だから、後悔してもいいからやろう、という耳障りのよい言葉がよく使われるのです」
「でも、もっと単純に、成功したいという人の想いの強さにだけ目を向けるべきではないでしょうか」
「自分で選んだ道を歩き、成功できたら嬉しいことだよ、って――」


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と、ノーマルエンドのあらすじには「主人公がコピーに自分の魂を譲ったから、コピーに言霊が効くようになった」と書いたのだけれど、「コピーにはもともと魂があった」という噂もある。
ただ、ならどうして今までコピーに言霊が効かなかったのかよくわからなかったので、わかる人がいたら教えてください。

トゥルーエンドの評価は、「オリジナル」と「コピー」のどちらに肩入れするかによって、かなり変わってくる気がする。
オリジナルほたるん派の私からすると、このシナリオはあんまりスッキリしない。
というか、シナリオ構成そのものが「オリジナルほたるルート」になってたんだから、それで「コピーのほたるが本物になるエンディング」は、なんか違くない? って思う人も多い気がするよ。

逆に、コピーほたるん派にとっては、これってオリジナルほたるんとの浮気エッチストーリーですよね?
それとも、どっちもほたるだからセーフ? なら、双子ヒロインがいたら、どっちとエッチしてもOKってことですか!?
……ごめんなさい。この貞操観念ガバガバ主人公に、こんなことを言ってもしょうがないですよね……。

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このシナリオで私が納得できないのは、たぶんこういうことだ。

当初、主人公は(あと私たちも)「オリジナルのほたる」が嫌いだったし、憎んでいた。
オリジナルがあまりに尊大で利己的であり、自分が生きるためには他人の命をも踏みつけにし、それを歯牙にもかけない傲慢さと嫉妬深さが許せなかったから。
さらに、自分に対する嫌悪感すら、コピー(ひいては自分)を救わせるために利用しようとする狡猾さが不愉快だったから。

「はじめましてをしたほたる」「初めてキスして、エッチをしたほたる」「初めて想いを告げたほたる」「告白を受けてくれたほたる」……これらがみんな別人だったという事実にショックを受け、そんな残酷な運命を課した「水無月ほたる」を、主人公は憎んだのだ。
(ちなみに、私がリアルにショックを受けたのは、「いい年した男が、そこまでお人形さん遊びにはまってしまったの?」とか言われたところです……)

たしかに、(オリジナルの態度はともかくとして)コピーを毎週一人ずつ殺してきたのは、彼女の力のもたらした「天津罪」に間違いない。
けれど、オリジナルは、自分の犯した過ちを省みて、コピーと和解したわけではない。
恋をしていたコピーの気持ちを想い、そして自分が恋をした主人公を想って、その決断を下したのだ。
そうしてコピーが「本物」となり、オリジナルはコピーに取り込まれる形で、物語の幕は下りる。
結果、オリジナルは自分の罪を悔いることなく、赦されることなく、最後まで「力」に翻弄されたまま、オリジナルであることを諦めるのだ。

ならば、それこそが彼女への罰なのだろうのか?
悔い改めることすら許されないほど、彼女の罪は大きかったのか?

……いや、病に蝕まれた彼女を「オリジナル」として生かし続ける方法が思いつかなかったから、この結末なのだろう。
つまり、シナリオライターが、彼女を諦めてしまったのだ。
健康でなかったから、生きることはもちろん、自分が自分であるままに死ぬことすら許されなかったのだ。

理不尽な病魔と超能力に翻弄された少女「水無月ほたる」こそが救われなければならなかったと、私は思う。
悪いことをしたら、ごめんなさいって謝って、そして許される。
たったそれだけで彼女は救われたはずなのに、その機会すら与えられないままに「水無月ほたる」をやめさせられてしまう彼女は、あまりにかわいそうだ。
そして、この結末(あるいは、このシナリオライターの考え方)は、「一度の過ちが二度と許されないムラ社会」や「命の選別」に肯定的な、閉塞的なイマを象徴しているような気がするのだ。

「わたしが、水無月ほたるなの!」


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とまぁ、たぶんこんなのは私の考えすぎなんだと思います。
私は単に、オリジナルほたるんの言った、「私を救ってくれたら、恋人になってセックスさせてあげる」が忘れられないだけかも。
たしかに「あんたなんか嫌いよ!」って言われながら騎乗位エッチされるのも、ぜんぜん悪くなかった。
でも私は、死と暗闇の魅力溢れる傲岸不遜なロリっ娘に、「ほら、救ってやったんだから約束は守れよ」とか言って、嫌々ご奉仕エッチをさせたかったんです!

考えすぎついでに、もう一つだけ。

トゥルーエンドのエピローグのラストで、ほたるんは「ボンボヤージュ」の話をしてくれる。
それは「本物」になったコピーにも、もちろんオリジナルにもないはずの記憶。
初めてのキスをしたほたるが言った、お別れの言葉だったのだから。

つまり、あの教室でキスをしたほたるは、オリジナルだった。
コピーがあまりに報告をもったいぶるから、気になって病室を抜け出し、そして自分だけの思い出が欲しくなってしまったのだ。
そして、初めてのキスをしたオリジナルは、今もたしかに生きている――

これが、不憫な「水無月ほたる」への、たった一つの救い。
考えすぎかもだけど、こう考えたって矛盾はない……よね?
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