アマツツミ 第二話(響子ルート)

アマツツミ、2章のヒロインは、喪女な巫女さん・朝比奈響子。
いつも二人いるパープルの原画師のうち、あんまりエッチくない絵を描く人が担当している女の子です。

とは言え、キャラデザ自体は、ほたるの次に好き。
公式HPのキャラ紹介にもある、横向きの立ち絵がめっちゃかわいい!

CVは、夕希鈴。
新人声優さんなのかな? ちょっと鼻にかかったような蕩け気味な声は、響子ちゃんによく合っていたと思います。

響子ちゃんのお話は、彼女の持つ霊感について。
前半では、彼女の心の暗い部分が。
ルートに入った後半では、その霊感を彼女が受け入れていく様子が描かれる。

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まずは、後半部の個別ルートについて。
明らかに完成度が低い。てきとーに作ったとしか思えないお話。

エピローグでの状況解説で、「~~と考えるのが自然だろう」とか言われたけど、ぜんぜん自然に思えなかった。
まぁ響子ちゃんとエッチするのが主目的なんだから、あんまり細かいところにツッコんでもしょうがないような気もする。

なので、私が取り上げるのは、前半部分の「声 別世界の友人」のエピソード。
ところどころツッコミどころもあったけど、こちらはよくできたお話でした。

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幼い頃の響子には、親友と呼べる女の子――鈴夏がいた。
けれど、鈴夏は事故で死に、響子は生き残ってしまう。
元から自分に自信がなく、かつ鈴夏に憧れを抱いていた響子は、生を重ねていくうちに「自分が死に、鈴夏が生き残るべきだった」と思うようになっていく。
その思いが「言霊」の力と共鳴し、「鈴夏の幽霊」が生まれるのだった。

けれどその幽霊は、響子の命を費すことで存在できるもの。
生きるべきは響子か、あるいは鈴夏なのか――選ばなければならなかった。

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この件において、三人は三様の主張をする。

主人公は「みんなを幸せにする」という約束を根拠に、「みんな」のうちでも殊更大きな存在である響子に生きてほしいと言う。
響子がいなくなった後に残された人のことを考えると、幸せだとは到底言えないだろうから。
だから響子に問う。

「鈴夏のために死ぬことが、響子の幸せなの?」
「生きて幸せをつかむことを諦めなくてもいいじゃないか」


対する響子の主張は、こうだ。

「生きてこそ、というのなら――それこそ、あんな幼くして死んでしまった鈴夏はなんだったのかということになります」
「自らの死を選んだ鈴夏の意思を尊重するなら、私のこの気持ちも同じこと……」
「そうは、思っていただけませんか」


この理論武装で主人公を説得に来た響子ちゃんには、マジで惚れなおしてしまったよ。
響子を否定することは、響子を庇って死んだ鈴夏の生きた意味すらをも否定することに繋がるのだから。

だから「鈴夏の幽霊」はその価値観を転換する。
「本物の鈴夏ではない自分が生まれてきた意味」を問い直すのだ。

「わたしは、このために生まれたんだよ」
「響子がずっと抱えてきた、もやもやした気持ちを解消するために、ね」
「後悔と罪悪感から、響子を解放するために消える――それが私の選んだ道」


「鈴夏の幽霊」は、響子の未練や後悔から生み出されたもの。
響子の代わりに死んだ鈴夏の生に意味を見出すのなら、「響子が生きて幸せを掴むことを願っていた」とするしかない。
なのにここで響子が死んでしまったら、その意味をなくしてしまう。
鈴夏の意思を尊重したいと思うなら、「鈴夏の幽霊」の意思も尊重しなければならない。
でなければ、一貫性が取れなくなってしまうから。

「だから受け入れて、響子。わたしは言ってみれば本懐を遂げるの」


鈴夏も、鈴夏の幽霊も、響子を幸せにするために生まれてきたのだ。

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「鈴夏の幽霊」は、「響子が抱いていた"理想の鈴夏"が具現化した存在」であって、鈴夏本人の意思の宿った存在ではない。
しかし、この点が三人のうち誰かの主張を採用するに当たっての根拠になることはない。
すなわち「幽霊は本物の鈴夏ではないから、響子の願いが叶ったとは言えない、だから響子が生きるべき」という主張だ。

これを根拠にするということは、つまり「命の選別」を認めることになってしまう。
幽霊だとは言え、そこにいる鈴夏は私たちと変わらない自我を持った存在だったのだから。

たしかに、自分が生み出した存在なら、自分の都合で使用しても構わないように思える。
その理屈に基づき、私たちは犬や牛やウナギやキャベツを育てたりしているのだ。
が、「生命倫理」というものにおいて、人の命に関してはそれが禁じられている。
現実、人間のクローンは作ってはいけないと決められているし、堕胎は避けるべきことだと考えられているのだ。

それでも、結果的に響子は生き残り、鈴夏の幽霊は消えてしまう。
その選択が正しかったことを裏付けるように、今わの際に本物の鈴夏が降りてくるのだが、主人公や響子の主張を採用したとしても「間違い」だとは言えないだろう。
(実際、ハピメアでは主人公の主張が採用されていた)

誰もが幸せになる正解はなく、どの回答を選んでもしこりが残る。
だからこそ命は尊く重たいものであり、それを生み出してしまった力こそが「天津罪」なのだ。
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