サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― まとめ

シナリオ

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)


我々は「存在」ではなく「現象」である――
宮沢賢治によって因果交流電燈と名付けられ、この作品のテーマの一つとして取り上げられたこの考えかたは、まるで目から鱗が落ちるかのように、私にしっくりと馴染むものだった。

私たちは、私たちがここに在ること自体ではなく、私たちがなにを成したかによって、その存在が定義される。
だってそうだよね、あなたはいま私の文章を読んでいるけれど、こうして私が文章を書かなければ、あなたが私を知ることもなかったのだから。
つまり、あなたが知っている私は(60kgくらいある摂氏36度のタンパク質の塊という)存在ではなく、(液晶に表示された文字列という)現象である。
そして、あなたがコメントを書いたり、拍手ボタンを押したりすることで、私は現象としてあなたを知ることになるだろう。
私たちは、現象なのだ。

こことかでも)しばしば書いているように、人というのは決して一人では生きられない存在だと、私は考えている。
他人と交わることによって、はじめてその明かりを発見されるのだから。
そうして明滅するある一瞬の輝きこそが「幸福」そのもののはずなのだが、しかしそれを幸せだと認識するのは、ひどくむつかしいことだ。
ある瞬間が人生の絶頂で、振り返ったとき「あの時は幸せだったなぁ」と思う。
けれど、そこから先も人生は続いていくのだ。では、その瞬間は二度と取り返すことができないのか?

そうではないことが「櫻達の足跡」によって描かれる。
いつか照明が消えたとしても、光が失われることはない。
他人を照らした光は、他の誰かを違う照らし、それがまた他の……と、消えることのないものなのだ。

そして、それは私たちという現象に限った話ではない。

---

私たちは、いつか正しく生きたいと思っていた。
誰も踏みつけにしない、困っている人には手を差し伸べるような、優しい人になりたいと思っていた。
それでもなかなかそういう風には生きられない。
気に入らない人の悪口を言ったり、路地裏で酔いつぶれている人を見なかったことにしたり、満員電車で横入りしてきた人の足を踏んづけたりしてしまう。
それはなぜか?
庇を貸したら母屋を取られるのが世の中だし、そもそも通勤電車で譲り合っていたら自分が乗れなくなることを、私たちが経験してきたからだ。

信じる者は救われて、優しさは信頼で応えられる――
それは私たちという現象が照らし出した正当な結果でしかなく、そしてその成果は、他の誰でもないあなたにしかできないことなのである――
それがこの作品の世界であり、私たちという現象は、正しく灯ることで、因果交流のなかに、瞬間ではない幸福を見つけることができる。
だからこそ私たちはエンディングでの藍に永遠を見るのだ。

ああ、世界はこんなにも美しい――


テキスト

洗練されたシナリオとは裏腹に、文章はイモ。
これは私のセンスと違う、なんて話じゃないと思うよ。
話し言葉で誤謬だとか疑義だとか言わないよね? そういうことです。

ただ、ギャグはときどき面白い。
たしかに、外人だから頭が少しおかしいのはたしかだけど、腕力的に無害みたいだし?

キャラクター

「藍 > 香奈 > 雫」の順にかわいいです。異論は認めない
当て馬だったはずの香奈ちゃんが、もうまぶしくて見えないよ!
雫は真面目にエロゲーヒロインしてた。すばらしい

基本的に、お姉さんキャラには興味ないはずなのに、ときどきものすごく惹かれるお姉さんがいるんだよね。
藍ちゃんはそういうお姉さんでした。

私はイケメン設定な主人公はあんまり好きじゃないんだけど、直哉の「一生一穴主義」は好感度高い。
あと、ときどきボケが面白い。

グラフィック・Hシーン

一枚絵の美麗さには定評あり。
やっぱりこういうのって、作品の哲学がにじみだしているのがいいですね。

ただ、キャラデザがちょっとアレなせいか、Hシーンの一枚絵はどうだろう?
おっぱいはあれでいいのか。
だから、貧乳キャラな雫ちゃんのシーンは実用的でした。
テキスト的な興奮度もなかなか。

音楽

枕はいつも曲がステキ。
OP曲の「サクラノ詩」は、私的アニゲーソングベストアルバム(70分)に入れるか本気で検討するレベル。
もしかしたら「空気力学少女と少年の詩」と入れ替えでランクインする可能性も。

そして、BGMのピアノ曲がやたらと名曲ぞろい。
サクラノ詩をBGMがステキなゲームベスト5に入れましょうね!

総評

真琴ルートでも書いたけれど、ゲーム序盤にシナリオの方向性が見えないのはかなりキツいものがある。
これは「枕の処女作」というレッテルが貼ってあったからこそ、シナリオが面白くなる中盤まで読んでもらえるわけであって、もし同じ文章を私が書いてネットに上げたとしても、1話クリックで即ブラウザバックだと思います。
終わりよければすべてよし? 本当にそうですか?
このあたり、エロゲ業界の悪いところというか、甘えが出てる気がするのですが。
思ってみれば、素晴らしき日々も序盤で投げかけた記憶が……。

やっぱり、序盤が苦痛、話が進むにつれてだんだん面白くなってくるゲームでした。
それでも、終わってみればシナリオは悪くないし、曲は最高だし、悪くない気もする。
ただ、毎度のことながらやたらと宮沢賢治をリスペクトしているので、宮沢賢治がキライだったりするとかなりキツいことになりそう。

ということで、哲学的幸福追及系シナリオゲー枠「サクラノ詩」、★3・良作評価です。
CARNIVAL」とすごく近しいものを感じました。このゲームが気に入ったなら、是非。
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

Comment

70点台ってちょっと低いかもな
たしか真琴ルートはやばいけど里奈√から一気におもしろくなるじゃん
そういえば藍√まだ未完成ですが80点をつけても良いと思う
  • 2016⁄09⁄10(土)
  • 02:00
  • [edit]

★4・80点以上の評価をつける作品は、殿堂入りです。
ファンの方には申し訳ないですが、私にとって本作は選外でしたので、★3・70点台の評価になります。
その理由に「ストーリー序盤が苦痛」だとか「素人じみたイモっぽいテキスト」などというのも思いつきますが、今後そういった作品が殿堂入りする可能性もありますので(あるいは、あなたにとっての凡作が、すでに私の殿堂に入選しているかもしれません)、それではお互い納得できないですよね。

事物を公正に評価する「審査員」でしたら、主観的評価(オレはこういうの好きじゃないなぁ……)だけでなく、客観的評価(みんなはこういうの好きっぽい!)も考慮して評価を下すべきらしいです。
(詳しくは、エロゲー批評空間の「このサイトについて」を参照ください)
しかし、私はどこにでもいる素人で、ここはどこにでもある駄ブログです。
なので、素人じみたイモっぽい言い方になってはしまいますが、「私の好みではなかった」ということで納得していただくわけにはいかないでしょうか。

私の主観に偏った批評をすることで、それに対する意見交換を経て、その作品の新たな魅力を見つけることができたりするかもしれません。
あるいは、類似した価値観を持っている方と、「好きな作品」を共有できるかもしれません。
言い訳のようですが、そういう理由で、今のところこの評価基準を変える予定はありません。

またお気軽にコメントいただければと思います。ありがとうございました。
  • 2016⁄09⁄11(日)
  • 20:10

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