サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― The Happy Prince and Other Tales.(ノーマルエンド)

サクラノ詩も5章に突入。
「幸福な王子」と題されたこの章は、「絵を描くということ」そのものにスポットが当たる。

この章を「長山香奈ルート」とか書いてるサイトがあったので、私はてっきりあのおっぱいサイコ娘とエッチできるのかと思っていた。裏切られた。かなしい
なぜかあの子は藍に次ぐ萌えキャラな気がする。なぜだ。おっぱいか? おっぱいなのか?
たしかに登場シーンの一枚絵のおっぱいっぷりはスゴかったんですけどね。
それよりも、主人公をジャンク呼ばわりしたあの豹変っぷりからエッチしちゃうまでの過程が見たかったんだと思う。
私がこのジャンクを修理して、一人前の絵描きにしてあげる! みたいなね?

一応、藍ルートっぽくはあるのだけれど(Hシーンもあるし)、藍ちゃんといちゃいちゃちゅっちゅするシナリオとは違うので、ノーマルエンドと称しておく。
ただ、お姉さん然とした藍の包容力は、もうそれは大層なものでした。

藍は救われてばかりの人生だった。
家と身柄を健一郎に救われ、愛しい妹を直哉に救われ。
本当は自分がしなければならなかったのに、彼女には決してできないことだった。
それらを否定されたときの、藍の無力感はどれほどのものだったのだろう?

けれど、そんな苦悩は欠片も見せないまま、その小さな身体で大きく抱きしめられる包容力こそが、彼女の魅力に他ならない。
藍が主人公のことを好いているのは(ギャルゲー的観点からも)当たり前なのだが、もし彼女が主人公を男として見ていなかったとしても、彼女は主人公の望むがままに身を差し出しただろう。
無力な彼女にできることは主人公を救うことだけで、それだけが自分も雫も救えなかった彼女の贖罪なのだ。

だから、藍とのシーンは世界一優しい慰めエッチでした。
個人的には、藍ちゃんはイカなくてよかったんだけどね。そっちのが慰め感倍増だったんですけどね!?
雰囲気が悲壮感マシマシになっちゃうからやめたのかな。

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さて、肝心のシナリオについて。
イベントは山あり谷ありだし、なかなかに楽しいお話でした。

「幸福な王子」という童話は、奉仕の心こそが美しく、幸福への道だと説く。
この場合、王子が直哉で、ツバメが圭だね。
王子はいつも他人のために生きていた。ツバメはその心に共感し、自分の命を使い果たす。
これも因果が交わったせいか。私としては、「なんの因果か」とか言いたくなっちゃうんですけども。

エンディング前の、稟と直哉の語る「美について」は、私にはちょっとよくわからなかったので、割愛させていただきます。
たぶん、稟は「絶対的な美」を求め、直哉は「相対的な美」を求める――と、こんな話だったと思うんだけども。

対極的なのが、香奈ちゃんの生き方だね。
自分こそが絶対で、自分の信じるものにならすべてを掛けられる。
ひたすらにエゴイスティックで、まるで狂っているみたいにも思える。
しかし、私は彼女の生き方こそが美しく見えてしまうのだ。

「私には本物が分かる!」
「だから……、自分が何であるかも分かってしまう……」
「自分がどの程度のものか……」
「だから、『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』などと問うことは出来ない……」
「けれども、私は、私が望んだ場所に行きたい」
「私だって、何処から来て、何処へ行くべきか、何者であるか。自ら問いたい……」
「月はあんた達だけのものじゃない!」

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