装甲悪鬼村正 英雄編(一条ルート)

刃鳴散らすからの流れで、同じ奈良原一鉄脚本の、装甲悪鬼村正を始めてみた。
とりあえず、英雄編綾祢一条ルートを終わらせたところで、プレイ時間が25時間を超えました。
なにこれ長すぎわろた。
でもモニターの前にいるときはいつも装甲しちゃうくらいには面白いよ!

これはギャルゲーではない。ノベルゲームだ。
せっかくラブコメ展開で楽しくなりそうなところでヒロインの片方が死ぬとか、エッチが全然ラブラブじゃないとか、いろいろヤバい。

特に前半部、設定をまったく知らされないうちに、メインキャラがどんどん死んでいくあたりでは頭がおかしくなりそうだった。
一条ルートに入った途端、香奈枝がぶっ殺されたのには、「ハ?」「え?」「なんで?」「マジ?」「ありえるのそういうの?」「こっからどうすんの?」言いまくってた。
伏線のインパクトが異常。破綻なく回収してくるのもすごいけど。

ヒロインとしての一条は、海原エレナボイスが不満。
男声優の熱演はカンペキなのになぁ! それだけが悔しい。
でも、装甲時の一条ちゃんのポーズはカッコよすぎるよ!
世に鬼あれば鬼を断つ。世に悪あれば悪を断つ。ツルギの理ここに在り!

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 一条は正義を語り。
 子供はそれを聞き。
 床には死体が転がっている。
 何も悔やむ事はなく、
 何も恥じる事はなく、
 思い悩むべき何事もない。

         ……本当にそうか?


小さな身体に「正義を成す」ただそれだけの意思を詰め込んだ、器械じみた少女は、それを成し得る力を手に入れ、正義の名のもとに悪を為す人間を殺害する。
主人公は、「悪人を一人殺すたびに善人を一人殺さなければならない」という呪いの力を以って、悪を斬り、善を斬る。

シナリオ上では、どちらが正しいのか答えが示されることはない。
まったく相反するような二者は、しかし結局どちらも同じことなのだ。
人を殺すということには、それだけの重みがあるのだろう。

私自身、しばしば「世の中は正しいことばかりして生きていけるわけじゃない」というフレーズを使っている自覚はあったけれど、それは「正しいこと」が存在するという前提のもと、それを成すことを許されない自らの愚かさのようなものを現しているつもりだった。
ただ、こう考えてみると、世の中に「正しいこと」など本当にあるのか? そういう疑念に駆られざるを得ない。
いや、正しいことはあるのだろう。しかし、それを成し遂げる方法が存在しないのだ。
その現実に向き合わされたときの私の――あるいは、遊佐入道の小姓と向き合ったときの、一条と正宗の無力感は、いったいどれほどのものだったろうか。
理想は理想であって、現実とは違う――人はそう言うかもしれない。
けれど、現実とあまりに乖離している想念を、あるいはこう呼ぶのだ――妄想と。

――正義とはなにか?
これは、人生や愛といったものに並ぶ、人類が解き明かすべき大いなる謎のうちの一つなのだった。

「うろたえるな、正宗!」
「わかってなきゃいけなかった。こういうものだって」
「正義は心地良くなんかなくて。腐敗と汚濁に満ちている」
「この道に光は差さなくて。ただ暗く澱んだ沼が広がっている」
「……そうなんだ。それを知らなきゃ、いけなかった」

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ゲーム [★★★★☆]
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