GUNSLINGER GIRL 8~11話

8話 御伽噺 - Il Principe del regno della pasta

原作2巻10、11話「パスタの国の王子様」より、アンジェリカ回。
条件付けの副作用で、記憶をなくしていくアンジェのお話。

義体となる少女はだいたいにおいて不幸な運命にありながらも、健気に生きている。
そのひたむきさをもってしても、最後まで彼女たちは幸せにはなれない。

できることなら、マルコーにはアンジェに優しくしてあげてほしいとは思うけど、彼はもう十分にアンジェに優しくしていたのだから、これ以上言うのは酷なのかもしれない。
その優しさは「パスタの国の王子様」に詰まっている。
優しすぎて、悲しくなるよ。

悲劇の中で生まれた、ほんの小さな幸せ。
それすらも、アンジェの手からはこぼれ落ちてしまう。
そして、彼女はそれを失くしたのにも気づくことはないのだった。

あの頃してやった事全てが無駄とは思いたくないが――
彼女はもう、あの物語を覚えてはいない。


9話 彼岸花 - Lycoris radiata Herb

原作1巻4、5話のエルザの話の前提となる、アニメオリジナルエピソード。
原作を補完するようにこの話を膨らませてきてくれて、本当に嬉しい。
アニメ化の真価を発揮した回とも言えるかもしれない。

「あなた、自分の担当官と他の義体と、どっちが大事なの?」
「私はラウーロさんが一番大事。他のことなんか、どうでもいいの。私の時間は、全てラウーロさんのために使うわ」
「私たちはあと何年生きられるかもわからないのに、あなたたちには愛情が足りないのよ!」


エルザは担当官のラウーロにベタ惚れだった。
ヤンデレとも言えるほどの盲目的な愛情。
しかし、ラウーロはエルザの気持ちにはまったく応えようとはしない。

それは、ラウーロが冷血男なせいだけではない。
むしろ、逆に人間味があるからこその自己防衛でもあった。
あんな小さな女の子に銃を持たせて戦わせるなんて、人間として正しいことなのか?
などと本気で考えはじめると、仕事なんてできなくなる気がしていたから。

仕事の道具としてのエルザ。
彼女は愚かだけど馬鹿じゃないから、ラウーロが自分に興味を持っていないことにも気づいていたはず。
それでも愛されたい。必要とされたい。
そのためには、仕事を完璧にこなす以外、エルザに方法は残されていなかった。

10話 熱病 - amare

原作1巻4話「エルザ・デ・シーカの死(前編)」より。
エルザとラウーロが殺され、隣の1課のフェルミとガブリエリがそれを探りにくる話。

エルザ回というよりも、エルザの死を見る他の義体たちの回。
ヘンリエッタの反応は、アニメオリジナルだ。
次の11話を引き立たせる下味として、いいスパイスになっている。
リコは笑顔で「関係ない」と言い、トリエラは戸惑いながらも「ラウーロのために死ねて幸せだったのかもしれない」と言う。
そしてヘンリエッタも「ラウーロさんと一緒なら、エルザも寂しくありませんよ」と笑顔を浮かべるのだった。

やっぱりこの世界はどこかおかしい。
普通の女の子はこんなこと言うはずがないんだ。
でも、それが彼女たちの幸せなのだとしたら……私にそれを否定することはできないよ。

「なぁ、リコ。お前もジャンさんを守って死んだら、嬉しいのか?」
「うーん、死んじゃうのはやっぱり嫌です。でも――」
「担当官のために義体がいる。身代わりに死ぬのは当然だ」
「ジャンさんがそう言うなら、その通りなのでしょう」


11話 恋慕 - febbre alta

原作1巻5話「エルザ・デ・シーカの死(後編)」より。
シチリアのジョゼの別荘で休暇を過ごすヘンリエッタとジョゼ、そこにやってくるフェルミとガブリエリ、そしてエルザの死の真相について。
原作を含めて、これが私の一番お気に入りのエピソード。

「もしも誰かを好きで好きでしょうがなくなって……それでも永遠に満たされないとわかってしまったら」
「私なら……相手を殺して、それから――」


ヤンデレここに極まれりな話だけど、純粋な愛情がこういう方向に向かうのは、私は決して不自然なことじゃないと思う。
好きな人の幸せを願って――と考えないのが、無垢な少女性なわけだし。
それは、ヘンリエッタやエルザが愚かだからではない。
「自分がいなくても好きな人が幸せになってくれればそれでいい」だなんて、そんなの欺瞞だと言い切れるだけの強さを持っているからだろう。
幸せを求める彼女たちの、狂おしいほどに一途な愛が体現されているね。

原作には存在しない、エルザの心中シーンが描かれていたのも高評価。
エルザは最後まで無表情だった。
それが、大切な宝物を最後まで守り抜く強さだったのかもしれない。

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「体が機械の女の子って普通ですか?」
「義体の私がジョゼさんの役に立つには、普通の女の子じゃだめなんですよ……!」


ジョゼがヘンリエッタに優しくするのは、たしかに彼女を大切に思っているからに違いない。
でも、その想いが何を透かしているのかは、アニメでは語られない。

ジョゼは、決してかわいそうな少女に悲惨な運命を背負わせたことを償おうとしてるわけじゃない。
死んだ実の妹エンリカへの償いを、ヘンリエッタを通してしているだけ。
だから、家族の思い出の詰まった別荘ではヘンリエッタを「普通の女の子」扱いし、重すぎる想いをも受け止めていつでも尊敬に値する人間でいようとしているのだ。

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ちなみに、観光ガイドに転職することを薦められる、ガブリエリの「ここにいると自分が世界の中心だと感じる」というセリフは、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」からの引用。
けれど、映画ではシチリアがすばらしい場所だという意味で使われているわけではない。
井の中の蛙にとっての井戸という文脈での「世界の中心」だったはず。
実際に行けば世界の中心だと言われても納得できるほどきれいな場所なのかもしれないけど、私は未確認です。
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