FLOWERS -Le volume sur été- (夏篇) その1(シナリオレビュー)

FLOWERS・夏篇がなぜ素晴らしいのか、考えてみた。

ツンデレ小悪魔とクーデレ雷がイチャイチャするゲームとか、素晴らしくないわけがなかった。
(千鳥のCV・洲崎綾は、艦これ第六駆の声優さんなのです!)

と、一行で感想文を終えてしまうわけにもいかないので、二人のイチャイチャ具合をもう少し掘り下げてみたいと思う。

今回のシナリオは、(普通のギャルゲーと同じく)主人公がヒロインの抱えている問題を解決することで、距離が縮まっていく――という、王道のパターンだ。
ここでは、その「ヒロイン」である考崎千鳥嬢にスポットを当てる。

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足下に落ちた自分ノートを拾いぱらぱらと捲った。こんなものが無ければ、好きか嫌いかも判断できない自分。
父母が興味を持ってくれるかだけを考え――詐病を繰り返し、バレエですら父母を振り向かす為の……。
私は、私自身とは何なのだろう。


(ありがちな話ではあるが)えりかも千鳥も「家族」に問題を抱えていた。
二人ともきっと気が合うわぁ――とはバスキア教諭の言葉だけれど、大きな共通点は、まずここだ。

えりかは足が不自由なことから、どうしても家族に負担をかけざるを得なかった。
そのことに心を砕いた彼女は、全寮制の学校に進み、家族から離れることを望む。

一方千鳥は、能力至上主義な家庭に育ち、常にエリートでなければならなかった。
けれど、両親が唯一認めてくれたバレエに挫折し、聖アングレカム学院に転入することとなる。

千鳥が今まで努力してきたすべては、両親に認められたいからであり、ひいては「自分のため」だった。
彼女が病を患ったのは、バレエを踊ることを「後輩のため」と歪な動機付けを行ったからだろう。
今までの彼女の人生のスタンスでは「他人のためになにかをする」ことが認められなかったからだ。
(もちろん、千鳥もそれが正しいことだと頭では理解していたはず。けれど、実際に行動に起こせるかは別問題だ。
 朝起きなきゃいけないとわかってはいても、学校や仕事が苦痛すぎてベッドから出られないのと同じことだ)

けれど、千鳥は(春篇と違い、正しい意味で)変わっていく。
それは朗読劇を成功させるために奔走したえりかの、発表会を成功させたいと自分を思いやってくれたえりかの姿を見たからであり。
そして過去を乗り越えたことを知ったとき、自分がどれほど多くの人に支えられていたか、アミティエがどれほどのものを自分に与えてくれたかを知る。
自分のためではなく、贖罪のためではなく、本当の意味で「人のためになにかをする」ということを肌で理解するのだ。

自分とはなにか。
自分はなぜ生きているのか。
「両親のため」「後輩のため」と自分を騙すことができなくなった彼女は、そうして一つの答えを得る。

好きな人の為に、何かしてあげたいと思ったことはありますか――


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バスキア教諭の言う、二人の共通点。
それは、触れられたくない心の聖域を守るために周囲に壁を作っているということ。

千鳥は信念を持って生きている、強い少女に見える。
逆に、えりかは不自由な身体で、なんとなく優しくしてあげたくなる少女に見える。

けれど、実の二人はその見た目とは全く逆だ。
千鳥の心はとても脆く、(そのクールなルックスからは信じがたいほどの)幼い拗ね方をしてみせたりする。
逆に、えりかは他人を寄せ付けないほどの強い自分を持っている。
いずれにせよ、千鳥はその態度で、えりかはその言葉で、他人を拒否していたのだ。

私たちはいつでも居場所を探している――
私はそう書いたけれど、居場所とは、自分を守るために身構える必要がない場所だということ。
そんな二人が良いアミティエになるのは、パズルのピースがはまるのと同じくらい自明なことだ。

「この学院に転入して――落ち込むこともあったけれど、今は此処が私の家だわ」
「そしてわたしは家族」
問うわたしへ、千鳥は小さく、だが決然と首を振る。
「えりか、貴女は私の――」
呟かれた言葉は、確かにわたしが望んだ言葉だった。


照れ屋なえりかはそれを家族と呼び、生真面目な千鳥は恋人と呼んだ。
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