サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― PicaPica(真琴ルート)

枕ファンの友人から強く推されて、新作「サクラノ詩」をはじめる。
なんでも構想10年の超大作なのだとか?
たしかに素晴らしき日々は結構面白かった記憶。
OPの「空気力学少女と少年の詩」と、EDの「ナグルファルの船上にて」は今でもよく聴いてる。

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そのサクラノ詩なのだけれど、攻略順は固定されている模様。
まずは、委員長系お節介クラスメイト・鳥谷真琴から。

CVは、五行なずな。
天宮雫(死神の接吻は別離の味)、望月天音(この大空に、翼をひろげて)、ユルシュール・フルール・ジャンメール(月に寄りそう乙女の作法)、悠木夏海(春季限定ポコ・ア・ポコ!)、木ノ本実咲(恋愛0キロメートル)、三咲爽花(あえて無視するキミとの未来)あたりでお世話になっている。
風音っぽいハキハキボイスは、安定感抜群。

真琴はツンデレではないはずなのだけれど、立ち絵のツン具合と、一枚絵のデレ具合のギャップが、まるでツンデレみたい。
二次元エロゲヒロイン的なわかりやすいキャラの立ち方はしていないけれど、三次元的なリアルな魅力がある女の子だと思います。
ハイキックでパンツ見られちゃう真琴ちゃんぺろぺろ

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さて、肝心のシナリオは……すいません、よくわかりませんでした。
正直、全然面白くなかったです。
大方の評判も「前半が苦痛」「後半が神」という話らしいので、ガマンして進めていこうと思います。

「手作り飛行機を飛ばす」「即席バンドでライブを成功させる」「殺人事件を解決する」「異世界から脱出する」などといった、視聴者にわかりやすい「目標」が設定されていないのが、このシナリオがダルイ原因だと思う。
キャラクターたち――ひいてはシナリオライターがどこを目指しているかわからない状態って、乗客としてはものすごく不安だものね。
これは、私が書いているエロゲシナリオの欠点でもあるのだけれど。
だから、草薙父の遺作を完成させるという目標が、明石部長のマル秘計画と絡めて明らかになる第二章は、結構読みやすかった。

あと、主人公の過去絡みで、視聴者を置いてけぼりにする意味深発言が多発するのもダルイ。
そういう見え見えの伏線めんどくさいからね
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― Olympia(稟ルート)

べ、別に忘れてたとか、だるくなって投げ出してたとかじゃないんだからね!?
桜の季節まで寝かせてただけなんだから! 勘違いしないでよね!

ということで、サクラノ詩、続きをプレイ。
2周目のヒロインは、(一見したところは)正統派清純系幼馴染かつメインヒロインっぽい御桜稟。
たぶんメインヒロインじゃないし、清純系どころかドスケベでしたけどね! 抜きゲーやってるのかと思ったよ

CVは、萌花ちょこ。
最近売出し中の声優さんなのかな? 最近の有名ゲームに色々出ている模様。
私がお世話になっていたのは、姫城あげは(この大空に、翼をひろげて)くらいでした。
至ってフツーな演技だったと思います。

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凛ルートでは、今まで伏せる気もないくらい散りばめられていた伏線の一部を回収する。
すなわち「吹の正体」「稟の過去」「主人公が筆を置いた理由」の3点。

幼い頃、火事に巻き込まれたヒロインを助けようと、主人公が自分を犠牲にした――みたいな過去は、そんなに珍しい話でもない。
その心的外傷から、ヒロインが都合よく記憶を改変してしまった――なんてのも、まぁあるよね?
でも、それが冒頭の「主人公が稟の手紙に返事を書かなかった理由」にまで絡んでくると、おおっ? となる。
それがさらに「吹の正体」にまで繋がってくるとなると、おおお! くらいにはなりました。

「御桜稟さんは可愛いですね! 気に入りました! 以後私の事は母親の様に慕うと良いでしょう!」


とは言え、解き明かされた謎は、新たな謎を呼んでいく。
吹が現れたのは、千年桜の夢がどうとか? みたいな話があったけれど、一体どういうことなんですかね?
それが謎のままの現状では、このお話は「なんとなくいい雰囲気っぽい?」としか言えなくなってしまう。
そして雫のポジションがさっぱりわからん

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そういえば、人形の出自は謎でもなんでもないんでしょうか?
吹が昔から大事にしていた人形だった、ってことですかね?

個人的には、稟ちゃんにはあのお人形さんを大切にしてほしかった。
お人形さんを抱いて、お父さんと仲直りしてほしかった。
噛ませ犬を叩いてエンディングよりよっぽどよかったと思うんだよ?
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― ZYPRESSEN(里奈ルート)

サクラノ詩、3周目のヒロインは、精神的妹・氷川里奈を攻略。
このゲームでは真琴ちゃんに次ぐマトモっぽいヒロイン。
自己紹介が「精神的妹」な女の子がマトモ枠に入っちゃうんだから、もう色々推して知るべしではある。
ちなみに、このゲームで一番おっぱいの大きな女の子でもある。

CVは、藤森ゆき奈。
どうでもいいけど、エロゲ声優って「ゆき奈」とか「さお梨」とか「みや美」とか、○○子のノリで違う漢字当ててる人多いよね。
なんなんですかね、流行ってるんですかね? でもすごいキャッチーでいいと思います!

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この章は、主人公視点・里奈視点・優美視点の三方向から語られる。
主にスポットが当たるのは、「里奈と優美とそれに絡む主人公の過去、および千年桜の過去」について。

劇中劇を使って語られる過去回想は、かなりボリューミー。
でも、里奈と優美の関係がとても印象的に伝わってきた気がする。
途中で寝そうになったのはたぶんお腹がいっぱいだったからで、退屈だったわけじゃないと思います!
だって、思い返してみれば全然悪くなかったもの。

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「死への憧れ」は、「死への恐怖」の裏返しなのだという。
たぶん、心理学で言うところの認知的不協和というやつだね。
死ぬことは恐ろしい(認知1)。死はかならず訪れる(認知2)。この2つの認知間の矛盾を解消するために、「死はすてきなこと」というように認知1を変換することによって、不協和な状態を低減しようとするのだ。
死が身近なものであればあるほど、不協和を除去しようとする圧力は強くなる。
80歳の老人であったり戦場の兵士であるならば不自然な心理状態ではないのだろうが、小学生の女の子の気持ちとしては不自然極まりないもの。
それが幼少期の里奈だった。

この章のサブタイトルにもなっている「Zypressen」は、宮沢賢治が詩「春と修羅」のなかでCypress(糸杉)をもじって表現したもの。
重い病に罹っていた里奈は、死への恐れを低減し、死を受け入れようと、まるで憧れのように糸杉を描き続けていた。

優美は彼女の死臭に惹き寄せられていた。
最初はなぜ惹かれているのかわからなかった彼女も、里奈の飲んでいるクスリから病のことを知る。
しかし、優美は彼女の美しさがその「死」を源泉としているものだとして、里奈を救おうとしない自分を蛆虫だと嫌悪しながらも、彼女の死臭ごと愛するのだ。

ところで、里奈自身も、己の死臭が優美を引き寄せていることはわかっていた。
里奈は、生に充ち満ちた優美が疎ましかったのだ。
だからまるでおいしい色をした毒キノコみたいに、彼女に近づいたのだ。

優美はいつからそれに気づいていたのだろうか?
しかし、主人公は里奈の死臭を嫌い、彼女の認知を変換(生きることはすばらしい)することによって、彼女を救おうとする。

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主人公と里奈と優美は、三角関係そのもの。
里奈は優美のために特定の人間を作らないようにしていたし、主人公は里奈と優美の関係のために一線を越えないようにしていた。
だから、その閉じた関係性を壊せるのは、優美しかいなかった。

義貞と伯奇を結ばせたかったという千年桜の想いが、優美の想いに共鳴したとき、優美は奇跡を起こすことだってできた。
しかし、優美はそれを願わなかった。
彼女が救えなかった(あるいは、救おうとしなかった)里奈を、主人公は救えてしまったのだから、もう最初から優美に勝ち目はなかったのだ。

「私はあなたの絵を見るたびに、あなたが描いている姿を見るたびに、私はあなたに幸せになってほしいと感じた……」
「だから、私はあなたの事が嫌いなんです!」


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主人公に絡んでいる優美はあんまりかわいくないけど、里奈と二人っきりのときの優美はとてもかわいらしい。
というか、里奈にあしらわれている優美に萌える。
ノーブラおっぱい枕はご褒美でしたね!

ところで、里奈の病気ってもう治ったんですかね?
日光がニガテって、まだクスリは飲み続けているっぽいですけども……?
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― A Nice Derangement of Epitaphs(雫ルート)

サクラノ詩、4周目のヒロインは、無口無表情系不思議っ娘・夏目雫ルート。
CVは、早瀬ゃょぃこと早瀬弥生。あまり知らない人。
棒読み演技は雫のキャラによく合っていたような気がします。

雫ルートは「葛が雫になる話」「葛と稟の千年桜」「葛と吹と雫」の三本立て。
メインは、伯奇という心を持たない存在だった少女が、一人の心優しい少女として絆を大切にしようとするストーリー。
「墓銘碑の素晴らしき混乱」と名付けられたこの章において主にスポットが当たるのは過去回想で、現在の時間軸の主人公は「雫から告白されて付き合いはじめる」「エッチする」「エッチする」「エッチする」「吹の話を聞く」くらいしかしてない。

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里奈ルートの夢のお話だった「中村義貞と伯奇」のお話が、時を超えて現代の雫に結びついていたとは、「その発想はなかった」というやつだった。
おぉ、そうくるか!? って叫んだ気がする。

中村家において雫の身代金の額としての15億円というのが、ちょっと安くない? と思わなくもないけれど、例えば「オランピア」の時価が4.5億円だというのだから、一人の画家が生涯に稼げる額としてはかなり高く見積もられているのかもしれない。
実際、草薙父は9億円くらいにしか届かなかったらしいしね。

その足りなかった6億円の稼ぎ方が、まぁ見事という他ない。
実際にどんな絵だったのかも気になるところではあるけれど、それよりも「直哉が健一郎の署名と落款をもらうシーン」は、たぶんこのゲームで一二を争う名場面に違いないよ。
ついでに、世界のワタール・アッカシのポイントが急上昇です。

贋作の話、思い起こせば今までちょいちょい出てきてたね。
名前忘れちゃったけど、あのサイコパス入ったストーカーの女の子。気づいてたよね? どうして?

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稟が千年桜を咲かせるお話については……ごめんなさい、ちょっとよくわかりませんでした。
あの子はいったい何をしていたの?

千年桜は、想いに共鳴して花を咲かせ、願いを叶える奇跡を起こす。
稟は、死者の復活――すなわち稟ルートで語られていた、(自分の過失で引き起こされたと稟が信じている)火災で死んだ母親を生き返らせようとしていた。
人形を母親に見立てていたのは、自分をも騙そうとする稟の演技。
想いの強さが奇跡を起こすことを、彼女は知っていたのだ。

創作の才能と言うよりもイメージを具現化する特殊能力と呼んだほうが適切なほどの稟の画力によって、千年桜は咲いて奇跡は起こりかける。
しかしそれを阻止するのが、伯奇として覚醒した雫。
雫は稟の夢を呑み、起こるはずだった奇跡は幻と消える。
稟は夢と記憶と才能を失い、雫は中村家から追われるようになるのだった。

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吹は、雫の飲んだ稟のナカミが具現化した形だという。
なるほど、お母さんへの想いであって、お母さんとは違ったんだ。

吹という存在は「因果交流電燈のひとつの青い照明」の最たるものなのだろう。
SWAN SONGでいうところの八坂あろえ、ゴア・スクリーミング・ショウでいうところのユカだね。
作品のテーマが具現化した、いわばマスコット的存在という感じかな。

人は一人では存在できない。
自分がいて他人がいるからこそ、その関係性の中に自分を見つけることができる。
関係がなければ、存在が認識できない。交流があるからこそ、存在が灯る。
そして吹という存在は、稟のなかで生まれ、雫が産み出し、直哉が電気を通すことで、ようやく存在が明らかになる。
本当に因果が交流しなければ灯らなかった電燈なのだ。
心、その繋がり――絆の尊さがテーマのシナリオは、そうして因果交流電燈を灯し続けることを誓ってエンディングを迎えるのだった。

「ねーねー、だったら琴子お婆さまの心はどこにあるの?」
「そりゃ、雫の中にあるんだよ」
「わ、私の中に? え? んじゃ……私の心は?」
「雫の心は私の中にあるのさ。そして、もちろん雫の中にもあるんだよ」

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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― What is mind? No matter. What is matter? Never mind.(過去編)

サクラノ詩も4章に突入。
心と体についての言葉遊びをサブタイトルに冠したこの章は、草薙健一郎と夏目水菜の過去のお話が語られる。

水菜ルートと言ってもよさそうだけれど、Hシーンはなし。
というか、水菜さんの声ってかわしまりのですよね。どうしてですか?
まりのさんの安定感は認める。認めるが、まりのさんの演じるキャラって、まりのさんじゃなくてもいい場合がほとんどな気がするんですよ。
私の考えすぎですか?

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「身体は穢された。だから、私の心は、私を苦しめる」
「私の心と体……。この二つっていったいなんなんだろうって、いつも思ってた」


セックスが必然的に存在するエロゲーにおいて、心と体についてはしばしばテーマとなる。
他の記事でも書いているけれど、私個人は「体というハードに、心というソフトが収まっている」というスタンスを取っている。
だから「体がなくても心がある」状態、すなわちオバケとか幽霊というものに肯定的な立場になる。

ただ、この「心と体は別のもの」という考えかた――心身二元論は、現代哲学においては古いもののようである。
たしかに、「心ってどこにあるの?」と聞かれたとき、私たちは本気で左胸を答えたりはしない。
知っての通り、私たちの意識――心は、大脳におけるニューロンの電気的活動によって生まれるものなのだから。
もちろん脳も体の一部なので、すなわち心と体は同じもの――心脳一元論と呼ばれたりするらしい。

「心は、身体じゃない。身体は、心じゃない」
「だけど、心は身体だし、身体は心だ」
「違っていながら、同じものだ」
「言い方の違い。あるいは行き違いの言葉。そんなもんさ」


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結局、水菜がこの心身問題をどう結論づけたのか語られることはない。
心と体は同じものだとわかっていながらも、人はなぜか「そこに心がある」と感じてしまうのだという。
心を感じられることが、幸福そのものなのかもしれない。

シナリオ的な山場についてのコメントはしないけれど、水菜さんがオランピアのモデルをする一枚絵はなかなかにステキでした。
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― The Happy Prince and Other Tales.(ノーマルエンド)

サクラノ詩も5章に突入。
「幸福な王子」と題されたこの章は、「絵を描くということ」そのものにスポットが当たる。

この章を「長山香奈ルート」とか書いてるサイトがあったので、私はてっきりあのおっぱいサイコ娘とエッチできるのかと思っていた。裏切られた。かなしい
なぜかあの子は藍に次ぐ萌えキャラな気がする。なぜだ。おっぱいか? おっぱいなのか?
たしかに登場シーンの一枚絵のおっぱいっぷりはスゴかったんですけどね。
それよりも、主人公をジャンク呼ばわりしたあの豹変っぷりからエッチしちゃうまでの過程が見たかったんだと思う。
私がこのジャンクを修理して、一人前の絵描きにしてあげる! みたいなね?

一応、藍ルートっぽくはあるのだけれど(Hシーンもあるし)、藍ちゃんといちゃいちゃちゅっちゅするシナリオとは違うので、ノーマルエンドと称しておく。
ただ、お姉さん然とした藍の包容力は、もうそれは大層なものでした。

藍は救われてばかりの人生だった。
家と身柄を健一郎に救われ、愛しい妹を直哉に救われ。
本当は自分がしなければならなかったのに、彼女には決してできないことだった。
それらを否定されたときの、藍の無力感はどれほどのものだったのだろう?

けれど、そんな苦悩は欠片も見せないまま、その小さな身体で大きく抱きしめられる包容力こそが、彼女の魅力に他ならない。
藍が主人公のことを好いているのは(ギャルゲー的観点からも)当たり前なのだが、もし彼女が主人公を男として見ていなかったとしても、彼女は主人公の望むがままに身を差し出しただろう。
無力な彼女にできることは主人公を救うことだけで、それだけが自分も雫も救えなかった彼女の贖罪なのだ。

だから、藍とのシーンは世界一優しい慰めエッチでした。
個人的には、藍ちゃんはイカなくてよかったんだけどね。そっちのが慰め感倍増だったんですけどね!?
雰囲気が悲壮感マシマシになっちゃうからやめたのかな。

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さて、肝心のシナリオについて。
イベントは山あり谷ありだし、なかなかに楽しいお話でした。

「幸福な王子」という童話は、奉仕の心こそが美しく、幸福への道だと説く。
この場合、王子が直哉で、ツバメが圭だね。
王子はいつも他人のために生きていた。ツバメはその心に共感し、自分の命を使い果たす。
これも因果が交わったせいか。私としては、「なんの因果か」とか言いたくなっちゃうんですけども。

エンディング前の、稟と直哉の語る「美について」は、私にはちょっとよくわからなかったので、割愛させていただきます。
たぶん、稟は「絶対的な美」を求め、直哉は「相対的な美」を求める――と、こんな話だったと思うんだけども。

対極的なのが、香奈ちゃんの生き方だね。
自分こそが絶対で、自分の信じるものにならすべてを掛けられる。
ひたすらにエゴイスティックで、まるで狂っているみたいにも思える。
しかし、私は彼女の生き方こそが美しく見えてしまうのだ。

「私には本物が分かる!」
「だから……、自分が何であるかも分かってしまう……」
「自分がどの程度のものか……」
「だから、『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』などと問うことは出来ない……」
「けれども、私は、私が望んだ場所に行きたい」
「私だって、何処から来て、何処へ行くべきか、何者であるか。自ら問いたい……」
「月はあんた達だけのものじゃない!」

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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― 櫻の森の下を歩む(グランドエンド/藍ルート)

サクラノ詩、最終章は(たぶん)5年後くらいのお話。
5章で香奈エンドを迎えた後、大学を卒業した直哉が、弓張学園の美術教師として赴任してきてから。

この章において、作品のテーマである「因果交流」はグランドエンドを迎える。
半ば悪意をもって改変された壁画・櫻達の足跡を、交流の対象として再構築するのだ。
交わるのは、もちろん直哉と教え子の二人であり、里奈と優実の妹たちであり、さらには長山香奈であり、ひいては御桜稟であり。

吹と一つになって世界的芸術家となった稟は、おそらく美のイデアを追及するような創作を続けていたのだろう。
しかし、直哉が構築した芸術は、すでにある価値観を下敷きに、新たな価値観で更新するもの。
芸術は神のためにあるのではない。人のためにあるのである――
そこで最も重要視されたのが、「楽しむ」ということ。
作ることを、見ることを楽しむということだった。
それを実践できるのが直哉の強さであり、天才と言われる由縁なのだろう。

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しかしその長所は、裏返せば「いつも誰かのためにしか生きられない」という弱さにもなりうる。
直哉の奉仕、あるいは博愛の精神は、母を失った悲しみから来ているのかもしれないと稟も言っていたし。
誰かとの繋がりの間でのみ輝ける存在は、その「誰か」がいない場合、ひどくもろい存在となりうるのだ。
そこで現れるのが、この章のヒロイン・夏目藍なのである。

直哉と藍は、たぶんハトコくらいの親戚にあたる。
そんなの遠い親戚なだけで、家族ではないですよね、ふつう。
そんな「ほとんど他人」な人間と、確かな家族になるお話とも感じられる。
そしてその場合の藍は、直哉の姉でも妻でもなく、母親なのだ。

誰かのためにしか生きられないのなら。だったら、私がお前のために生きてやる――
これってやっぱりお母さんですよね?
たぶん、だから藍ちゃんにはHシーンがないんだと思います。
そうだね、私が雷をエッチな目で見てないのとおんなじことだね(真顔)

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さて、この章のテーマには「郷土愛」というものもある模様。
いろんな人のレビューを見ていると、このポイントがかなり共感値が高そうなのだが、私のように卒業するたびに人間関係をリセットしちゃうような人間にはいまいちピンとこなかったので、この点には触れないでおこうと思います。

次回、総評。
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩

サクラノ詩 ―櫻の森の上を舞う― まとめ

シナリオ

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち、その電燈は失はれ)


我々は「存在」ではなく「現象」である――
宮沢賢治によって因果交流電燈と名付けられ、この作品のテーマの一つとして取り上げられたこの考えかたは、まるで目から鱗が落ちるかのように、私にしっくりと馴染むものだった。

私たちは、私たちがここに在ること自体ではなく、私たちがなにを成したかによって、その存在が定義される。
だってそうだよね、あなたはいま私の文章を読んでいるけれど、こうして私が文章を書かなければ、あなたが私を知ることもなかったのだから。
つまり、あなたが知っている私は(60kgくらいある摂氏36度のタンパク質の塊という)存在ではなく、(液晶に表示された文字列という)現象である。
そして、あなたがコメントを書いたり、拍手ボタンを押したりすることで、私は現象としてあなたを知ることになるだろう。
私たちは、現象なのだ。

こことかでも)しばしば書いているように、人というのは決して一人では生きられない存在だと、私は考えている。
他人と交わることによって、はじめてその明かりを発見されるのだから。
そうして明滅するある一瞬の輝きこそが「幸福」そのもののはずなのだが、しかしそれを幸せだと認識するのは、ひどくむつかしいことだ。
ある瞬間が人生の絶頂で、振り返ったとき「あの時は幸せだったなぁ」と思う。
けれど、そこから先も人生は続いていくのだ。では、その瞬間は二度と取り返すことができないのか?

そうではないことが「櫻達の足跡」によって描かれる。
いつか照明が消えたとしても、光が失われることはない。
他人を照らした光は、他の誰かを違う照らし、それがまた他の……と、消えることのないものなのだ。

そして、それは私たちという現象に限った話ではない。

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私たちは、いつか正しく生きたいと思っていた。
誰も踏みつけにしない、困っている人には手を差し伸べるような、優しい人になりたいと思っていた。
それでもなかなかそういう風には生きられない。
気に入らない人の悪口を言ったり、路地裏で酔いつぶれている人を見なかったことにしたり、満員電車で横入りしてきた人の足を踏んづけたりしてしまう。
それはなぜか?
庇を貸したら母屋を取られるのが世の中だし、そもそも通勤電車で譲り合っていたら自分が乗れなくなることを、私たちが経験してきたからだ。

信じる者は救われて、優しさは信頼で応えられる――
それは私たちという現象が照らし出した正当な結果でしかなく、そしてその成果は、他の誰でもないあなたにしかできないことなのである――
それがこの作品の世界であり、私たちという現象は、正しく灯ることで、因果交流のなかに、瞬間ではない幸福を見つけることができる。
だからこそ私たちはエンディングでの藍に永遠を見るのだ。

ああ、世界はこんなにも美しい――


テキスト

洗練されたシナリオとは裏腹に、文章はイモ。
これは私のセンスと違う、なんて話じゃないと思うよ。
話し言葉で誤謬だとか疑義だとか言わないよね? そういうことです。

ただ、ギャグはときどき面白い。
たしかに、外人だから頭が少しおかしいのはたしかだけど、腕力的に無害みたいだし?

キャラクター

「藍 > 香奈 > 雫」の順にかわいいです。異論は認めない
当て馬だったはずの香奈ちゃんが、もうまぶしくて見えないよ!
雫は真面目にエロゲーヒロインしてた。すばらしい

基本的に、お姉さんキャラには興味ないはずなのに、ときどきものすごく惹かれるお姉さんがいるんだよね。
藍ちゃんはそういうお姉さんでした。

私はイケメン設定な主人公はあんまり好きじゃないんだけど、直哉の「一生一穴主義」は好感度高い。
あと、ときどきボケが面白い。

グラフィック・Hシーン

一枚絵の美麗さには定評あり。
やっぱりこういうのって、作品の哲学がにじみだしているのがいいですね。

ただ、キャラデザがちょっとアレなせいか、Hシーンの一枚絵はどうだろう?
おっぱいはあれでいいのか。
だから、貧乳キャラな雫ちゃんのシーンは実用的でした。
テキスト的な興奮度もなかなか。

音楽

枕はいつも曲がステキ。
OP曲の「サクラノ詩」は、私的アニゲーソングベストアルバム(70分)に入れるか本気で検討するレベル。
もしかしたら「空気力学少女と少年の詩」と入れ替えでランクインする可能性も。

そして、BGMのピアノ曲がやたらと名曲ぞろい。
サクラノ詩をBGMがステキなゲームベスト5に入れましょうね!

総評

真琴ルートでも書いたけれど、ゲーム序盤にシナリオの方向性が見えないのはかなりキツいものがある。
これは「枕の処女作」というレッテルが貼ってあったからこそ、シナリオが面白くなる中盤まで読んでもらえるわけであって、もし同じ文章を私が書いてネットに上げたとしても、1話クリックで即ブラウザバックだと思います。
終わりよければすべてよし? 本当にそうですか?
このあたり、エロゲ業界の悪いところというか、甘えが出てる気がするのですが。
思ってみれば、素晴らしき日々も序盤で投げかけた記憶が……。

やっぱり、序盤が苦痛、話が進むにつれてだんだん面白くなってくるゲームでした。
それでも、終わってみればシナリオは悪くないし、曲は最高だし、悪くない気もする。
ただ、毎度のことながらやたらと宮沢賢治をリスペクトしているので、宮沢賢治がキライだったりするとかなりキツいことになりそう。

ということで、哲学的幸福追及系シナリオゲー枠「サクラノ詩」、★3・良作評価です。
CARNIVAL」とすごく近しいものを感じました。このゲームが気に入ったなら、是非。
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ゲーム [★★★☆☆]
サクラノ詩